しのばずくん便り

不忍ブックストリート一箱古本市について 随時 情報を発信します!

助っ人〈不忍マピヨン〉のMAP配りの日々(4)

「第四夜・荻窪の中心で古本とささやいてみた」


荻窪は落ちついて歩けるから好きだ。
どの商店街も、入ってしまえば車にせかされることがない。


19時半、昭和の香りただよう荻窪北口駅前通商店街へ向かう。
なかほどに喫茶店荻窪邪宗門はある。
残念ながら臨時休業だった。電話で確認すべきだった。閉店ではないことに安堵する。


南口へまわり、名曲喫茶ミニヨンへ。
創業者の深澤千代子さんが他界された後、若い方が引き継いでおられるはずなので、安心してドアを押す。携帯電話禁止の札に、通い始めたころとは隔世の感。


サラリーマン風の男性客がカウンターで、タレントの大東めぐみ似の女性店員と親しげに話している。
ほかに客がいないのかと思ったら、スピーカーの正面の席に、こちらもサラリーマン風の男性がひとり、静かに音楽に浸っている。
名曲喫茶でおしゃべりという図に、違和感を覚える。


店内は木目調のインテリア。椅子には白い布。のびのびと葉をのばす観葉植物。
何年ぶりだろう。変わっていない。
グランドピアノの上に、リサイタルの案内らしいチラシが5、6種類おいてある。


壁ぎわの席に陣取り、紅茶を注文する。
古書ほうろうで頂いてきた一箱古本市のマップとチラシをセットし、ここにいくつお願いしようか考える。
と、ほほえむ創業者と目が合った。カウンターの向こうに、写真が飾られているのだ。
たぶん2、3回お会いしていると思う。お話したことはなかったが。


流れているのは誰かの交響曲
紅茶がポットで出てきた。以前はカップサービスだった気がする。


カウンターの客が帰り、さきの交響曲がジャジャーンと終わると、もう一人の客も帰っていった。私ひとりになった。
次の予定もあることだし、早々にマップの件をお願いしようとするが、せっかくだからリクエストをしてみようと思い立つ。


店員は大東めぐみ一人。カウンターの右にいらしたので、そちらへ行って「リクエストしたいのですが」というと、即座に「あちらで」とカウンターの左端を指された。
あまりにも素っ気ない。流儀を忘れていた久しぶりの客に冷たいなあ。


革の表紙の曲名帳をめくると、考えていた曲がないので、急遽コレルリのラ・フォリアをお願いする。席にもどって待つ。流れてきたのはフルートの演奏だった。ラ・フォリアは舞曲の名前だから、ヴァイオリンだけではないのだな。


曲が終わった。お会計のためカウンターの右へ進むと、「あちらで」と、またまた素っ気なく左端を指される。450円を払いながら、この店員さんにマップをお願いするのは気が重いなあと、くじけそうになる。しかし後悔はしたくない。


「突然のお願いですが、古本市がございまして」と恐る恐る切り出す。
すると、「いいですよ。こういうの興味ある方多いので」と、いともアッサリ受け取ってくださった。うれしさ倍増である。深々と頭を下げ、礼を言った。


階段をおりながら、学生時代にであった店と、やっとなにか確かなつながりができたような気がして、うれしかった。


北口へ引き返し、次の目的地、「ROKUJIGEN 6次元」へ向かう。
ネット検索でみつけた店である。カフェであり、古本屋であり、ギャラリーとのこと。
マップを置かせてもらえそうだと踏んだ。


商店街のパチンコ屋の喧騒をぬけると、看板がみえた。店は2階だ。
重い木の扉をあけると、若い女性店員に、こちらへどうぞと、当然のように相席を案内された。
ほかのテーブルは空いている。面食らっていると、「お客さん同士お話されることが多いので」とのこと。


「初めてきたのでちょっと驚きました。食事もするので別の席でいいですか」と隣のテーブルに陣取る。
サロンという表現がホームページにあったのを思い出すが、初心者にはチト勇気がいる。
ハヤシライスとルイボスティーを注文する。
水はレモン入りらしい。聞いてみたらそうだった。


さきの女性店員はタレントの夏帆似で、フロアを仕切っているようだった。
ゆるくストールを巻いている。20代になりたてとみた。エライ。
私と相席にされそうだった男性客は、全盲のピアニストで、写真も撮るという。
写真はギャラリーコーナーに展示されているとのこと。思いのままにシャッターを切られた不思議な写真なんですよ、ぜひ見てくださいね、と夏帆がすすめる。


ハヤシライスを待つ間に、写真をみる。草木あり、ケーキあり、ラーメンあり。ということは荻窪の風景か。
オートフォーカスだからか、ピントはあっているが、枠からのはみだし具合がおもしろい。目で撮ると、あの長方形にどう収めようかばかり考えてしまうんだ。


カウンターには、調理中の店員と話しながら、編み物をする女性客ふたり。
彼らはみな学生かもしれない。


ごつごつした青黒い皿に盛られたハヤシライスをいただく。
ルイボスティーはほのかに甘かった。こちらもアイボリー色の凝った器だった。
スプーンは木製。食器の凝り方がほほえましい。


古本が4m×2mくらいのスペースにぎっしり詰められている。
古本市のマップは置いてもらえるだろう。
クラフト・エヴィング商會の本を引っぱり出して席で読んだ。

カウンターでは、「森をイメージしたサラダ」とやらが、男性調理師の即興でふるまわれていた。
全盲のピアニストが、「では森をイメージした曲をつくりましょう」と、おもむろに電子ピアノに向かった。さわやかな曲で、いま作ったとは思えない。腕はたしかだ。
即興に即興。これぞサロン。


あとから来た30代の男性二人は、相席をすすめられることもなく、私の隣の席でコーヒーを飲みながらしゃべっていた。その後で来た40代のカップルは、常連らしく、ピアニストの前に座り、マダム夏帆とも親しく話している。


ピアニストの相手をしていたマダム夏帆が、笑顔で私のテーブルへやって来た。
どこでこの店を知ったのかと聞く。ネットでみたと答える。店がもとはジャズバーで、木造のつくりが音響的にもすばらしいことなどを教えてもらった。


驚いたのは、彼女が私の席を通過するときに、目だけで笑いかけることだ。すべての客にそうしているのだろう。なんか違う種類の店にきた気がした。
そう、喫茶店ではない、サロンなのだ。


さきの森のサラダが、二口分くらいグラスに盛られて、私たちテーブル席の客にも配られた。まさにサロンだ。おいしいと賞賛するしかない。おいしいんだけど。


お会計1500円也。マダム夏帆にマップの件をお願いすると、手放しでどうぞどうぞと歓迎された。すぐさま本棚にかけられたポケットラックに差し込んでくれた。
ありがとうございます。


古本がらみでも饒舌な店もあるんだなと、見聞を広めた気になって家路についた。