しのばずくん便り

不忍ブックストリート一箱古本市について 随時 情報を発信します!

助っ人〈不忍マピヨン〉のMAP配りの日々(6)

「第六夜・高円寺の中心で古本と叫ぶはずが、岡崎京子に再会し」


高円寺には喫茶店が多いが、なぜかあまり行ったことがない。


中野のカフェのチラシでみつけたアール座読書館は、古本市のマップを置いてくれそうだし、明治、大正の伯爵の家をイメージしたという店内にも興味があった。
また、ネット検索で目星をつけた「七つ森」は、大槻ケンヂ森本レオも通ったという有名な喫茶店
それともう一店、目当ての店をめざして出かけた。


18時半、高円寺の駅をでると空模様があやしかった。
アール座読書館へ向かう。途中、名曲喫茶ネルケン」の前を通る。
営業中だ。せっかくだから寄ることにする。


ドアを開けると、大音量のバッハらしき曲に包まれる。
高円寺、いや日本とは思えない空間。
右奥のテーブルを選ぶ。椅子の背が高いので、座ると隔絶された空間になる。
銀髪を美しく結いあげ、相変わらず気品にあふれたマダムが、ゆっくりと近づいてきた。紅茶をオーダーする。


古本市のマップ、お願いしてみようか。
マップを袋から出そうとする音も騒音と化す。客は私ひとりだからいいかと思ったら、最もカウンターに近い席に先客がいるらしく、曲が終わるとマダムと一言二言、ことばをかわしている。


熱い紅茶を飲みながら、カップをソーサーに置く音も騒音だと気づいて、テーブルに置いてみたりする。


ジャンパー姿の初老の男性が一人はいってきて、私の並びの左端の席に、どっかと腰をおろした。
数分後、マダムがいきなり珈琲を彼に運んできた。常連だから注文をとる必要もないのだろう。
すごい。固定客がついているから、この空間は保たれているのだ。


客とマダムの歴史が、重々しい真紅のベルベットのカーテンや、椅子の生地にしみこんでいるようだ。
わたしなんぞ、ひよっこひよっこだ。


曲の切れ目に席を立ち、450円の支払いを済ませた。
私の呼びかけは、自然と「マダム」になっていた。
マップの件をお願いすると、「困ったわねえ。うちはクラシック専門だから。関心のある方はいらっしゃるけれど」と迷われたあと、「せっかくいらしたのだから、少しだけいただくわね」と受け取ってくださった。
マダム、感謝します。


ドアに向かう背後で、先客にマップの話をするマダムの声が聞こえてきた。
きっと常連さんに配ってくださるのだろう。メルシー、ダンケ、ヨーロッパのあらゆる外国語を思い出そうとしながら、店を後にした。


アール座読書館に到着。看板を見落として付近を一周してしまった。
水色のペンキで塗られた木のドアをあけると、不思議な空間が広がっていた。


教育学者の齋藤孝似の店長らしき人が、「お好きな席へどうぞ」と静かに迎えてくれた。
入ってすぐのところに、膝の高さの長机があり、一面にチラシが置かれている。マップを置いていただけそうだ。


板張りの床、高い天井、観葉植物、水槽、本棚、鳥の剥製。
宮崎駿監督のアニメ「耳をすませば」に出てくる地球屋に似ている気がする。


席は一方向を向き、ほかの客と目線が合わないようになっている。
高い仕切りのついたカウンターの向こうで腰をかけると、店長も客の視界から消える徹底ぶりだ。


先客は男性ひとり。
客席はテーブルではなく机。読書館の名のとおり、読書や書きものにぴったりの机だ。
窓ぎわの、本棚の置かれた席に座る。閉じられた空間ができあがった。


メニューは飲み物とクッキーだけだが、バラエティに富む。
乳茶と迷った結果、八宝茶なるものを注文する。
また来て、違うメニューを頼みたいと思う。別の席にも座ってみたいし。


机の引き出しをあけてみたら、ミニチュアの車やブリキのバケツ、ほかのカフェのチラシなどが入っていた。
となりの引き出しは、開けるとまるごと蝋細工の海辺の風景。
海があって、灯台があって、柵があって、羊が数匹。小屋もある。


ほかの席の仕掛けはどうなっているんだろう。
客が私だけになったら、全部探検してみようか。


自分の机を見終わったので、店内を歩いてみる。
奥の壁面は3m×2mほどの本棚になっていて、安野光雅の本と岡崎京子のマンガを借りてくる。


八宝茶が、薄いガラスの急須と、これまた薄く小さい湯呑みで出てきた。
複雑な味がおいしいお茶で、ほんのり甘く、しみわたる。


一方、久しぶりに読んだ岡崎京子のマンガは、痛みの走るものだった。
はじめて読む作品だった。
読むのをやめたいのに、やめられない。はやく次の店に行かなければ。


八宝茶に救われながら、猛スピードで最後まで読んだ。
マンガを読んで、いや何かを読んで、衝撃を受けたのは何年ぶりだろう。
再度お湯を注ぎますよ、と店長がおっしゃったのを思い出し、お願いする。


お茶を抽出する間に、空いている席に座ってみた。
先客は帰り、入れ替わりにカップルが入ってきたが、窓際の一人席はすべて空いている。


水槽に熱帯魚が泳ぐ席、万華鏡のある席、映写機のある席。
どれもゆっくり座って味わいたい空間である。


しかし今日はあと2軒行く予定があるし、岡崎京子のマンガですっかり神経が高ぶってしまったので、これで失礼することにする。


550円を払い、マップの件を店長にお願いした。
各机の引き出しにも入れてもらいたくて、多めに渡したら、少しずつ置きますとのこと。
でもそう言いながら、ひとまず例の長机に山積みにしてくださった。
ありがとうございます。


ゴールデンウィーク後もマップは使えますとPRしたので、引き出しに忍ばせてくださるといいなと思いながら店を出た。


いつの間にか雨が降っていた。
天気予報では降るのは明日からと言ってたのに、と悪態をつきながら、マップをぬらすまいと紙袋にハンカチをかぶせた。


ある店を探したが、先に別の店に行き着いたので、そこに入った。
七つ森」である。道路に落ちる灯りの色からして、風格がある。


22時近いが、客は3組いて、山小屋風の店内は活気に満ちていた。
カレーを食すはずだったが、ネルケン岡崎京子で、予定より遅くなったので、ミントティーだけにする。


ジョニー大倉似の店長らしき人が運んできたミントティーは、強烈にミントの風味がして、頭がすっきりした。
古本やイベントのチラシが少々置いてあるのも確認した。


もう一つの店が見つからなかったのが、気になってしょうがない。
その店の閉店時間もせまってくる。


もっとゆっくりしたかったのだが、早々に席を立つ。
545円に600円をだして、名物だというリボンつきの5円玉をいただく。
ジョニーは古本市のマップを快く受け取ってくださった。


雨はやまない。
もう一つの店は、曲がるべきところを通り過ぎていたことがわかった。
やっと、入居しているビルにたどりついたが、看板も出ていないし、店も閉まっている。
22時半、あたりは暗く、人通りもない。


道沿いの小料理屋がシャッターをおろしかけている。
かけ寄って女将に聞いてみると、さきほどのビルを教えられ、もう閉まってるねと言われた。


23時までやってるんじゃなかったのーと叫びたかった。
傘もなく雨音がこたえてくれるだけだった。
また来なければと思いながら、私はなにをやってるんだろうと思いながら、家路についた。