しのばずくん便り

不忍ブックストリート一箱古本市について 随時 情報を発信します!

助っ人〈不忍マピヨン〉のMAP配りの日々(10)

「第十夜・新宿の中心で古本と叫ぶため行列に並ぶ、しかも4度」


JR新宿駅の構内に喫茶店がある。
BERGと書いてベルクと読む。ドイツ語で山の意味。
大家であるルミネ、すなわちJR東日本に立ち退きを迫られた。
存続の署名が集まっている。コーヒーもアルコールも食事もおいしくて、店は大賑わい。
というようなことを、大半はホームページで読んだのだが、店を知ったきっかけが思い出せない。


いつも混んでいて、注文するために並ばなければならない。立ち席すら埋っていることもある。
これだけ繁盛していれば、古本市に興味がある人もいるだろう。
サラリーマンが多いかもしれないが、そういう人たちの中に、落ち着けるカフェや古書店やギャラリーには行かなくとも、本が好きな人がいるはずだ。


そこで、一箱古本市のマップを置かせていただこうというのである。


席がなく、ドアの外で立ったままビールを飲んでいる女性がいた。
休日前の22時半だった。
終電まで飲み倒さずには帰る気になれない人々で、あふれかえっているのだろう。


19時に寄ってみたときも、行列ができていた。
仕事帰りにまず一杯、という人々の熱気に満ちた店内は、マップの件を切り出せる雰囲気ではなかった。道は険しい。


結局4回目の訪問で、2人待ってオーダーができた。
ブルーチーズサンドとコーヒーで472円也。
祝日の午前11時である。
今しかないと、マップを取り出し、カウンターの男性にお願いした。


返事は「今まで置いたことありません」と聞こえた。
がっかりすると、「置いたことがありますか」と聞かれているのだった。
「ありませんが」と恐る恐る答えると、厨房のほうへふりむいて、責任者らしい女性に聞いてくださった。
「いいですよ、そこの柱のポケットに入るだけ入れてください。補充はいつでもどうぞ。」と快諾いただけた。ほっとした。


礼をのべ、早速ポケットラックに差し込んでみた。
すでにいろいろなチラシでいっぱいで、10部がやっとである。


余っていたポスターを二つ折りにして、マップをはさんでみた。
ロゴが大きいので抜群に目立つ。ここでポスターは全部使い切ることにした。
ポスターを配った枚数、しめて20枚也。


店の後ろ側にも同じラックがあり、そちらにもマップを押し込んだ。
大仕事を終えた気分だった。


用意していた箱は出番がなかったが、あの狭い店内では邪魔だっただろう。


箱というのは、最初にマップをもってBERGを訪れたとき、混雑のなか、置き場所を検討していて思いついたアイデアだった。


店存続の署名をお願いするチラシなどが、スタンド型の透明アクリルケースに入れられて、立ち席のテーブルの上で目立っていた。
そこで、アクリルケースでなくても、なにか自立型のケースにいれてお願いすれば、承諾を得やすくなるのではと考えたのだ。


家に帰って研究したところ、有斐閣の「ポケット六法」の箱がちょうどよいサイズであることがわかった。およそA5版で、厚さは4.5cm。
以前たまたま、近所の図書館で、本の箱だけのリサイクル品というのがあって、いくつか頂いてきたものの一つだった。


朱鷺色に花の絵が美しい「近世俳句俳文集」の箱や、ミッフィーの絵本の赤い箱などのついでに、引き出しの整理にちょうどよさそうだと思ったのである。


一箱古本市のマップを、本の箱に入れる。なんてふさわしいのだろう。
しかも「ポケット六法」である。
司法に守られて、アルコールと紫煙にむせるBERGの店内に、鎮座まします我らがマップ。アーメン。


しかし「ポケット六法」のままでは具合が悪かろう。


家にあった深緑色の紙を全体に貼り、一箱古本市の黄色いチラシを、右側5分の4のスペースに貼った。
興が乗ったので、紫色の鹿の子柄の千代紙を、見開きの本の形や、花の形に切りぬいて貼った。
アクセントに、ショッキングピンクの小さいポストイットに「ご自由にお持ちください」と書いて貼って、出来あがり。さてさてほほー、さてほほー。


いざ、マップを入れてみた。サイズはちょうどよいが、安定感がない。
テーブルで倒れて、グラスを倒したりしてはまずい。
簡単なのは、ガムテープでテーブルか壁に固定することだが、美しくない。
そこで、これまた家にあった、高校の卒業記念の丸い文鎮をいれてみたら、よい具合である。


ただし、あとで文鎮を捨てられたら困る。箱も、ちょっともったいない。力作だもん。
箱の裏に「お店の方へ 回収に伺います 捨てないでください」と書いた。
カンペキである。


私はなにをやってるんだろう。


作り終わってからそう思ったが、せっかく作ったので、持って行ってみることにした。
マップとポスター、セロテープ、手製の箱に文鎮、念のためのガムテープまで持って、4度もBERGを訪問したのだった。
ほんとにほんとにご苦労さんである。とくにガムテープが重かった。


箱をお店の人に見せればよかったかな。どんな顔をなさっただろう。
そんなことを考えながら、最後の目的地、阿佐ヶ谷の名曲喫茶ヴィオロン」に向かった。


ヴィオロンにはいつからか、中野にあった名曲喫茶「クラシック」の調度品が置かれていると知り、行ってみたことがあった。店主同士、交流があったらしい。


今日もヴィオロンは男性の一人客でいっぱいだ。常に6、7人いる。
自宅の居間の代わりに、ここで大音量のクラシック音楽に浸り、浮世の垢を落としているかのようだ。誰に邪魔されることもない。
コーヒーに注ぐのを、ミルクかブランデーか選べるのも魅力だろう。


入り口のテーブルにチラシ類がたくさん置かれていたので、マップも受け取っていただけるだろうと思った。
ということは、私が預かった一箱古本市のマップも、とうとうここで配布完了である。


よし、今日は初めてコーヒーにブランデーだ。店主のおじさんが微笑んだ。


右の壁ぎわの席で、店内を眺めていると、頭上の絵のサインがMisaku読めることに気がついた。長い髪の女性の上半身を描いた絵だ。
クラシックの店主であった美作七郎氏が画家だったこと、女性を描いていたことなどを思い出した。
これが彼の絵なんだ。あたたかい絵だと思った。


リクエストをしながら、2時間近くいただろうか。
350円を払い、いつのまにか店番を変わっていた女性に、マップのお願いをした。
期待どおり、すぐOKをいただけた。ありがとうございます。


400部完配。
一箱古本市が始まる前に、今回の私の一箱古本市は終わった気がした。

〈おわり〉